平成15年の實成寺
1、日蓮聖人ご真跡『御本尊』の修理について
 12月19日弘安3年6月開顕のご本尊の修理が完了し帰山しました。
当日の『帰山並びに開眼の式』の報告文です。
 爰に恭しく佛祖三寶、殊には南無久遠實成大恩教主本師釋迦牟尼佛、南無末法有縁の大導師本化上行宗祖日蓮大聖人の 御前に於いて、謹んで大曼荼羅御本尊修理完了を報告し、以て帰山並びに開眼の儀を修し奉る。
夫れ本宗の御本尊には、木絵の二像と文字曼荼羅あり。
就中、文字曼荼羅は宗祖日蓮大聖人、法華経の説相を文字に書き顕し給う処にして、本仏の御示現、十界皆成の相を示し給うものなり。
本日、御帰山の御本尊は宗祖大聖人、弘安三年六月開顕の御真筆にして、当山第三世宝塔院日肝聖人が、 鎌倉より奉持、以後永く当山に格護せられしもの也。
今般、この御本尊修理事業は、日蓮宗が行う処の、立教開宗七百五十年記念事業の一として、宗祖の御魂魄を後世に永く 伝えと欲するの浄業なり。而して、宗門と宇佐見松鶴堂及び当山の三位一体、即ち異体同心に依り、魔事魔障なく進み、作業安全 無事完了す。
以て恩山の一塵 徳海の一滴に謝し奉る。大慈大悲御報恩謝徳。
亦、修理の途次、歴代上人並びに当山檀信徒の、此の御本尊に対する、甚深の敬意と尊崇の御心を拝し、 言辞に尽くせぬ感激を味わうは、是を伝え守る弟子沙門として幸いなり。
法悦歓喜と謂つべし断ずべし。
因なみに此の御真蹟本尊に係る(記録に顕著なる修理の)歴史を列挙すれば、
第一回目、永正十八改暦大永元年(一五二一・祖滅二百四十年)二月一日、
第八世正行院日在上人の時なり。
第二回目、永禄二年(一五五九・祖滅二百七十八年)十月十五日、
第十世究竟院日為上人の時。
功徳主は箕浦五兵衛・表具師は、宗右衛門信行四十歳なり。
第三回目、天正十八年(一五九〇・祖滅三百九年)九月十二日、
第十二世正覚院日慈上人の時。
功徳主は生間萬五郎長政・松崎善兵衛尉秀清・僧安興次良久次なり。
更に、この時現在使用の軸に変更を加え、軸修復願主は井上孫三為易なり・細工は本行坊日逮と在り出家名を持つ者なり。
是れも出家と推測する圓周が風鎮などの寄進すと記するあり。
亦、第十九世恵明院日延上人の時。正保元年(一六四四・祖滅三百六十四年)五月に二重箱の修理造営が行われ。
第四回目、は文政五年(一八二二・祖滅五百四十一年)孟秋の七月一三日、三十五世行周院日曄上人五十六歳の時。
功徳主は代が変わって五代目箕浦五兵衛である。
万事の手配は番頭の利助に依る。

今回修理は記録上の信頼されるものとして
第五回目を数え、祖滅七百二十二年であり。
功徳主は全日蓮宗門であり、全日蓮門信徒のお心を頂戴す。 仰ぎ願わくは、一天四海 皆帰妙法 末法万年 廣宣流布 宗門並びに、当山繁栄 伽藍相続 火盗公私 諸縁吉祥。
我等同門の行人、質直にして意柔軟に、常に三宝尊敬の心を 失わず、真俗一如 同行讃美、信行に精進し、菩提心を増長し、 以て現当二世の所願をして円満ならしめ給わんことを。
更に願わくは、宇佐見松鶴堂をして、千客萬来 事業繁栄と守護あらんことを。
別しては、当山開山以後歴代の上人、殊には宝塔院日肝上人等如法勲功の先師  増円妙道 位隣大覚 報地荘厳 報恩謝徳 総檀信徒各家先祖代々の精霊、妙法経力 即身成仏歴代寄付丹精の各精霊 仏果増進 追善菩提 重ねて願わくは、各々家内安全 身体健全 子孫長久 護持山門 一切無障礙。 願以此功徳 普及於一切 我等与衆生 皆共成仏道  南無妙法蓮華経
 平成十五年十二月十九日
  長久山 実 成 寺 第四十八世 龍 興 院 日 頌  敬 白

「修理された様子を見る総代さんたち」
「宇佐美松鶴堂の作業場にて」
2、本堂の修理について
 当山では、5ヶ年計画で位牌堂の建替えを兼ね多目的ホールやバリヤフリーを、目的とする工事を計画中である。 そこで、檀家の専門家二人に詳しく本堂のバリヤフリーに対する方法やその物自体の様子を見て頂いた。
すると、東海沖地震が取り沙汰される今日、亦、東海水害を間近に経験したことから考慮すると、先ず本堂の修理と嵩上げ工事が先決問題であるとの結論に達した。
しかし、その方策については、現在鳩首凝議考慮中であります。
時節がら万事多端のときではありますが、方策が決定しましたならば、檀信徒の皆様の特段のご配慮をお願いいたします。
なお、この件で参詣者の安全のため、少しでも土地に余裕が持ちたく、納骨墓地の計画は少し後のばしにしております。

「法主さまと孫と私」
3、海外の参詣について
@6月には山主と副住職一家、並びに総代さんはじめ
檀信徒の方と、ハワイの開教100周年慶讃法要に参詣してまいりました。
大導師は、95才の身延山久遠寺法主の藤井日光猊下が勤められました。
特に100年前に開かれた高木上人は帰国して岐阜の法華寺の住職となられ、
その孫とは山主は中学の同級生であり、その後のハワイの教会は、名古屋中川区の方が
後を嗣がれるなど、ご縁の多いのに驚いております。
なお、現在のハワイ教会の主任は三年先輩であり、その弟さんも中学の同級生です。

A11月にはインドの日蓮宗寺院龍宮寺の開設5周年記念法要に、宗門の代表として参加しました。
子供が、団扇太鼓をたたきお題目で迎えてくれました。現在の主任はその地方の州(人口約一億人)の厚生大臣が勤めております。
何しろ参詣人が多いのに驚きました、法要には7〜8000人が参加し、
夜のお参りには露店の冷やかしも含めてのことでしょうが、10万人以上と聞きました。
私たちは法要をいとなみましたが、法要後には隣の大テントに席を移し、挨拶を兼ねた演説会が2時間余にわたり行われました。
お釈迦様が、法話はその地方の言葉すなわち方言で語りなさいと言われますが、あの多勢の人に語りその内蓉を伝えるためには、
その様でなければならないと納得して帰ってきました。
なお、余談ながら、山主はインドで誕生日を迎え、はからずも参加者から祝いを受ける。

「ハワイ忠魂慰霊参拝のとき」
「ハワイ参拝参加者 夕食後の記念撮影」
「龍宮寺 本堂へ」
「法要中のスナップ」
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